日本の中でもサッカー王国と称されているのが静岡県です。
みんながよく知る某サッカー漫画の舞台も静岡県でなんですね。
1998年フランスワールドカップでは、22人中10人の出身校が静岡県だったことから、サッカー日本代表選手を多く輩出した県としても注目されていました。
そして、静岡県がサッカー王国として、その名を日本全土に知れ渡らせるきっかけになった大会が『全国高校サッカー選手権』でした。
この大会では、静岡県の高校が1980年代〜1990年代の10年間で4度も優勝を果たしています。
この頃は、まだJリーグもなかった時代でしたが、圧倒的な強さで『静岡県はサッカーが強い』というイメージを定着させていきました。
しかし、なぜ静岡県はこんなにサッカーが盛んになったのでしょうか?
そこで今回は、静岡県がサッカー王国と呼ばれるようになった由縁を歴史と共に見ていきましょう。
この記事の目次
初のスポーツ少年団発祥の地

静岡県は、日本で初のスポーツ少年団発祥の地です。
時代は、明治時代まで遡ります。
1924年藤枝市に旧・志太中学校(現・藤枝東高校)が創立されました。
今では高校サッカー界では名門の藤枝東高校です。
当時の校長先生がサッカーを校技に取り入れたことがサッカーを静岡県に根付かせたきっかけとされています。
当時の日本は、野球がとても盛んでした。
しかし、校長先生は『野球は道具がたくさん必要だが、サッカーはシューズとボールがあればできるではないか。』と考えたそうです。
この発想がなければ、静岡県がサッカー王国と呼ばれることもなければ、日本のサッカーレベルも今とは違った結果になっていたでしょう。
その後、1964年にスポーツ少年団制度が発足し、藤枝サッカー少年団が全国で初めての登録を果たしました。
1967 年には清水市内で日本初の小学生リーグが始まり、静岡県は少年サッカーの先駆けとなり、日本にサッカーが広まるきっかけを作り続けてきました。
静岡県は多くの優秀なサッカー選手を輩出

静岡県では、サッカー選手の育成やチームの組織化、指導者の育成に取り組み、静岡県全体のサッカーレベルを向上させてきました。
その結果、多くの優秀なサッカー選手を輩出してきました。
そこで、主な静岡県出身のサッカー日本代表選手をみてみましょう。
静岡県出身の主なサッカー日本代表選手
- 三浦知良
- 長谷部誠
- 小野伸二
- 内田篤人
- 高原直泰
- 西澤明訓
- 名波浩
- 川口能活
- 北川航也
- 山田大記
- 藤田俊哉
- 中山雅史など
静岡県のサッカー強豪校

次に全国高校サッカー選手権で優勝したことのある静岡県の高校をみてみましょう。
静岡県の全国高校サッカー選手権大会優勝校
2020年に行われた第98回全国高校サッカー選手権では、24年ぶりに静岡学園が優勝を果たしました。
今大会で、ドリブルとショートパスで相手を翻弄するスタイルを貫き通した戦い方に見る人達を魅了していました。しかし、サッカー王国と言われるようになった由縁はもっともっと昔のことです。
まだJリーグが発足していない1980年代〜1990年代に、静岡県の高校が10年間で4度も優勝しました。
この頃に、圧倒的な強さで『静岡県はサッカーが強い』というイメージを日本全体に定着させることとなりました。
- 静岡県立藤枝東高等学校(4回優勝)
- 静岡県立清水東高等学校(1回優勝)
- 静岡市立清水商業高等学校(3回優勝)
- 東海大学付属翔洋高等学校(1回優勝)
- 静岡学園中学校・高等学校(2回優勝) ※第74回大会の鹿児島実業との両校優勝を含む
まとめ
静岡県がサッカー王国と呼ばれるにはそれなりの由縁がありましたね。
歴史から見てもサッカーを通じた教育を日本で初めて取り入れ、その後も選手と指導者の育成を行い、地域に根付いたサッカー普及活動の結果が多くの優秀な選手を輩出することに繋がっていました。
今後もどんな選手が輩出されるのか非常に楽しみでなりません♪







